青森県の
神参りと温泉の旅

『イエス・キリストのお墓』へGo!!!

この青森県にもcomoは何かと縁があって、今までに何度も訪れて来ました。青森といえば、なんといっても十和田湖周辺の紅葉は見逃せません。それはもう、「異様」ともいえる美しさです。「世界遺産」にも登録されている『白神山地』といい、素晴らしい自然に囲まれた、そんな青森県。実はここに、ある「とんでもない人物のお墓」があるのです。それは現代の歴史学では、どうにも説明の出来ない「」とされてきました。謎といえば、あの「三内丸山遺跡」があるのも青森県です。どうもこの本州最北端の地には、古代、何か高度な文明があったのでないかと思わずにはいられません。
今回はそんな「謎とロマン」の地を含む、青森県の神参りの旅にご案内します。イザ、参りましょう!

青森県の神参りcomo特選コース

1.イエス・キリストの墓

イスラエル政府公認!?あの「聖人」のお墓が、何故かここ青森にある。

2.十和田湖

日本有数の美しい湖。龍神伝説がある。

3.大鰐温泉

comoオススメの宿・南津軽「錦水」

4.岩木山神社

津軽国一之宮(つがるのくにいちのみや)』
という社格を持つ神社。

5.竜飛岬

津軽海峡に臨む岬。何故か真冬に訪れたくなる。

イエス・キリストの墓

えっ、・・・青森県に『イエス・キリストの墓』!?

さあ今回は、メインイベントを最初に持ってきてしまいました。それはずばり「イエス・キリストの墓」です。青森県の旧・戸来村(へらいむら)というところにあります。「へ?」・・・いや、そんなにポカーンとした顔をされても困ります(笑)。comoも初めは驚きましたが、本当に日本にあるんです。これについては、記紀神話より古いとされる『竹内古文書』において、「キリストは日本で死んでいる」として、次の様に具体的に紹介されています。

「ユダヤに生まれたイエスは、21歳の時に日本の富山で12年間修行や勉強をして、33歳でユダヤに帰り、今までのユダヤにない教えを始める。しかしユダヤ教パリサイ派の批判を受け、ローマに対する反逆罪で磔(はりつけ)になった。ところがそれが実はイエスの「弟」で、イエスは死んでおらず、再び日本に来て青森県戸来村に住み、ミユコという女性と結婚し三女をもうけたとされる。その子孫といわれる沢口家は今もあり、沢口の家紋はユダヤのダビデ王の紋章そのままである」

さらにこの「戸来(へらい)」という地名は、「ヘブライ」に由来しているといいます。また、この地域には、赤ん坊が生まれて10ヶ月目に額に墨で十字架を書く不思議な風習があるそうです。そして、この地方の盆踊り「ナニャドヤラ」は、見ての通り日本語では意味不明なのですが、ヘブライ語でなら「神を称える歌」という意味のある言葉に訳すことができるそうです。
あまりにショッキングな内容なので、思わず「嘘だろう?」と疑いたくなるその気持ちも分からないではありません。実際、「竹内古文書」などを現在の歴史学は「偽書」と決め付けているそうです。でも実際にこの村には、不思議な習慣や儀式がしっかり残っていいるわけです。この「事実」を一体どう説明するのでしょうか。comoは、案外そういう事実があってもおかしくないのでは、と考えています。
なんといっても、あのフランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来より1000年以上前からの言い伝えですからね。そして興味深いのは、ここにはイスラエル政府公認の石碑があるということです。更にはイスラエル政府がなんと、現在この地域の住民の遺伝子を解析しているという情報もあるのです。ヨソの国の方がよほど日本という国に興味を持って冷静な分析を試みているという現状にcomoは情けない気持ちでいっぱいになります。是非、一切の先入観を捨てて、あなたもここを訪れてみてください。

comoだけの話・
ユダヤの理想は日本の天皇制だった!?

さて、この説がもしも真実であった場合、今度は「何故、何の目的でキリストは日本を訪れたのか?」という疑問が浮上してくることでしょう。それについてcomoは、「キリストは日本という国に勉強をしに来ていたのではないか」と考えます。
もちろんその根拠をこれからご説明するわけですが、そのためには、あなたに「ユダヤ民族」について、少し勉強していただかなくてはなりません。
このユダヤ民族というのは、何千年もの間「国を持たない状態」で現在まで存続し続けた、まさに「奇跡」のような民族です。こんなこと、普通ではまず考えられません。普通なら、他民族間との間で血が混ざり、あっという間に消滅してしまうことでしょう。いってみればユダヤ人は何百年もの間、様々な国で生活をしながらも、その国ではあくまで『居候』の立場を取り続けてきたのです。
それを支えたのは、もう「異常」ともいえるユダヤ人の「ユダヤ民族としての誇り」以外には考えられません。
また、それは逆の立場からすれば「脅威」でもあるし、「居候の分際で・・・」ということにもなります。結果としてユダヤ民族は、歴史上のあらゆる場面で迫害を受け続けることになるのです。つまり、徹底的に差別され、イジメぬかれたというわけです。

あの有名なユダヤ人の思想家・ルソーは著書『社会契約論』において、「もし随意に国を選べというなら、君主(王様)と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのようなものがあろうはずもないだろう。したがって自分はやむを得ず『民主主義』を選ぶのである」という一文があります。
どこの国へ行っても、「王様」は、ただ一方的に権力を振りかざし、民衆から税を搾り取る存在でしかない。そんな「弱肉強食」が当たり前とされる世界にあって、自分達の場合その「王」を戴くことすら出来ず、常に他国の権力者からの迫害の対象となっていたユダヤ人の切実なる思いが伝わってきます。そして、このルソーの思想などが世界中の民衆の心を動かして、現在までに、世界の多くの国々において民主主義が根付いていったのです。

只一つ、ルソーはその時知りませんでした。「君主と人民の間に利害関係の対立のない、君主と人民が互いを想いあってつくり上げていく」・・・そんなただの「理想論」でしかないと思われた国というのは、実はその2000年も前から、アジアの端っこの小さな小さな島国にちゃんと存在していたのです。いうまでもありません。それこそが「日本」という国なのです。
当時、ルソーが日本の国家としての在り方を知っていたら、もしかして、現代の民主主義というもの自体生まれていなかったのでは・・・そんなことも想像できてしまいます。 そして、イエス・キリストも「ユダヤ人」なのです。もし、イエス様が日本を訪れていたとしたら、きっと日本の天皇制を知って「感動」されたに違いありません。

ワインと花束をもって、神道式で十字架にお参り。

さあ、お参りしましょうか!
「・・・あれ、comoっていつもキリスト教を批判しまくってなかった?」と、疑問に感じられた方、誤解しないでください。・・・comoがいつもその批判の対象としてきたのは、あくまで「唯一絶対の神」を信仰する「唯一神教」的な考え方に対するものなのです。キリストという人物そのものは、やはり聖人であり、とても尊い存在であるとcomoは思います。ですから、ここでもあくまで、「八百万(やおよろず)の神様のうちの」一柱の尊い神様、として参拝するのであれば、何も問題はないでしょう。
また、参拝する時のその作法についても気になるところだと思います。ちょっと不思議な感じもしますが、やはりcomoは日本人ですので神道式、つまり神社と同じように拍手(かしわで)をうって祝詞(のりと)を奏上します。「お供え」についてはちょっと悩みましたが、comoの亡き師匠の後継者の方(「会長」と呼んでいます・・・町内会長さんとは違いますよ)にお尋ねしたところ、「やはりワインと花束だろう」と、明快な回答が返ってきました。
駐車場に車を止めて、小高い山の坂道を五分ほど登りましょう。このイエス様のお墓を、comoはもう5回以上訪れています。

土まんじゅうの上に、約2mくらいの大きな十字架が立てられたお墓が見えてきました。これがイエス・キリストの墓といわれているところです。神社と同じように手と口をすすいだら、持参したワインと花束のお供えをします。ではcomoと一緒にお参りしましょう。
「これが御前に降ります、イエス・キリスト様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りください。イエス様のご功績を心よりお称えし、心から感謝申し上げます。イエス様の願いである「愛と平和の精神」が世界中に広まりますよう、今後もお守り下さい」
帰りには『イエス・キリストの里 伝承館』に寄ってみましょう。日本の歴史がガラッと見直される日が、いつか訪れるような気がします。

十和田湖

魚も住まない!?神秘の湖

イエス様のお墓を後にして、国道454号線をひたすら西に走ります。十和田湖が見えてきました。この十和田湖は火山活動によって誕生したいわゆる「カルデラ湖」で、深いブルーの水をたたえる神秘な湖です。そして、ここは是非「紅葉の季節」に訪れてください。山全体が赤一色に染まるその様は、まさにもう「息を呑む美しさ」なのです。奥入瀬渓流(おいらせけいりゅう)もここにあります。

comoは、小学校時代にこの十和田湖を舞台にした偉人伝を読んだのを、いまだにはっきり覚えています。それは和井内貞行(わいないさだゆき)という人の物語です。不思議なことに和井内貞行が鯉やヒメマスをこの十和田湖で養殖するまで、ここは一匹の魚も棲まない湖だったようで、村人は十和田の神様が「さかな嫌い」なのだと考えていたそうです。
そして、この和井内貞行を祀ったの神社こそが、十和田湖の湖畔にある「和井内神社」です。魚の養殖がどれほど大変なことなのか、素人のcomoには全然わかりませんが、神社に神様として祀られるくらいですからね・・・当時の人々によほどの感動を与え、また、感謝をされたのだろうなあと思います。
また、日本ではこのように、人間が「神様」として神社に祀られるのは、なんら特別なことではありません。「神様」を「人間の延長線上」という風に捉えているからです。これは、「人間はどこまでいっても人間でしかない」という一神教の発想とは大きく異なるところでしょう。つまり極端な話、あなたも努力次第で「神様」になることができる、というのが日本の神道なのです。これは努力のし甲斐があるってものですよね(笑)。comoはこういう神道的な発想が大好きです。

ご祭神/和井内貞行

ではcomoと一緒にお参りしましょう。
「これが御前に降りませる和井内貞行様、日々のお守りありがとうございます。この十和田湖にヒメマスが棲めるようにして、この地を豊かにされた功績を心からお称え申し上げます。今後もこの地をお守りください。」
ちなみにこの十和田湖には龍神様もおられるので、続いて湖の龍神様にもお参りしましょう。どこからでも構いませんが、なるべく不浄でないところを探して、湖の中心に向かってお参りします。
「これが十和田湖にお降りませる龍神様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りください。そして、この十和田の自然と地域の人々をお守りください。」
十和田の美しい自然に別れを告げます。これで本日の参拝予定は全て終了です。再び車を走らせて、comoオススメの温泉宿へ向いましょう。

大鰐(おおわに)温泉

comoオススメの宿・南津軽『錦水』

大鰐温泉は、十和田湖と岩木山神社の中間辺りにあります。とても歴史のあるところで、江戸時代には津軽藩の湯治場として歴代の藩主が訪れていました。今回comoオススメの宿は『 南津軽 錦水 』です。『じゃらん』でも「ハイクラス」に認定されている、最高の和風旅館です。
どうぞごゆっくり、旅の疲れを癒してください。

岩木山神社

「奥日光」へGo!!!

さて、この青森県はかつて津軽国(つがるのくに)などと呼ばれていました。その津軽国の一之宮神社が岩木山のふもとにある「岩木山(いわきやま)神社」です。今から1000年以上前に、岩木山の山頂に社殿を建てて神を祀ったというところにその起源があるようですが、現在に残されている社殿や楼門は江戸時代に造営されたものだといいます。「日光東照宮」とイメージが重なるのは、そのためでしょう。実際、「奥日光」などと呼ばれ、親しまれているようです。

ご祭神/
顕国魂神(うつしくにたまのかみ)・
多都比姫神(たつびひめのかみ)・
大山祇神(おおやまつみのかみ)・
坂上刈田麿(さかのうえかりたまろ)・
宇賀能賣神(うがのめのかみ)・
大山咋神(おおやまくいのかみ)

・・・多いですね(笑)。ちょっと覚えるのは大変そうです。見たところ、この多都比姫神と宇賀能賣神については、comoも分からなかったのですが、坂上刈田麻呂はこの地方の開拓者であり、その他の3柱もすべて国津神ということからも、国土開発の神様や、実際にこの地域の開拓に尽力した人物を祀った神社なのではないかと推測することができます。
鳥居正面から岩木山が見える絶妙なロケーションにあります。朱色の楼門と中門を越えるとこれまた朱塗りの拝殿にでます。最初の鳥居から拝殿まで、まっすぐにのびた境内です。 ではcomoと一緒にお参りしましょう。
「これが御前に降りませる顕国魂神様、多都比姫神様、大山祇神様、宇賀能賣神様、大山咋神様、坂上刈田麿様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守り下さいませ。この美しいみちのくを開拓されたご功績を称えるとともに、心より感謝申し上げます。この津軽には日本古来の良き部分が多く残されています。どうか今後もこの地をお守り下さい」
岩木山に一礼し今回のお参りを終了しました。

竜飛岬

(オマケ)comoの妄想の旅

comoは、敢えて真冬の一番寒いときに、この竜飛岬を訪れます。その理由は、この竜飛岬からcomoの敬愛する源義経公が、荒れ狂う真冬の津軽海峡をわずかな手勢を連れて、小船に乗って北海道へ渡っていったという伝説があるからです。とても青森県までは遠くて行けないというあなたも、是非カラオケへ行った時に、小金沢昇司の『義経伝説』という曲を流してみてください。きっとcomoと同じ気持ちになることでしょう。
吹雪の津軽海峡に立つcomoの耳に聞こえてくるは、小気味のいいテンポの津軽三味線。comoの目に映るのは、今まさに出立せんばかりの義経一門。荒れ狂う厳冬の津軽、「義経一門の運命や如何に・・・!?」

そして、冷え切った体で雪の舞う漁港の町を歩くcomo。遠くに見えるは赤提灯、足を速め店にかかる暖簾越しに見ると客は一人もおらず、年のころ30半ばの津軽美人のおかみがひとり、有線から流れる艶歌を聞きながら洗い物なんかをしている。艶歌の曲はもちろん「越冬ツバメ」。・・・そこへcomoが、引き戸をがらがらと開けて、「おかみ、邪魔するよ・・・」と店に入る。
・・・そんな妄想をかきたてる、真冬の北国の旅。是非あなたの体験談なども聞かせてください。 青森県の神参りはこれで全て終了です。今回も長旅、お疲れ様でした!

トップページへ戻る

メルマガ登録・解除
全国主要神社名簿プチ
   
バックナンバー
powered by まぐまぐトップページへ
Copyright © 2008 Zenkoku Shuyo Jinja Meibo. All Rights Reserved.
2008年4月28日更新