『アクアライン』で千葉県へGo!!!
私comoのように西側から千葉県を目指す場合、「東京湾アクアライン」を使うと便利です。これは、神奈川県と千葉県を直接行き来することが出来る高速道路で、なんと東京湾の海底の更に下を通っているのです。千葉県に近づいたところで、突然湾のど真ん中にポコンと飛び出る瞬間がとても印象的です。360°を海に囲まれてポツンと浮かぶサービスエリア『海ほたる』でコーヒーでも飲んで、そこからは房総半島まで架かる橋を渡っていきます。「利用料金が高い」という批判もあるようですが、なかなか面白い体験が出来ますし、もちろん東京都心の渋滞も回避できますので、一度は利用してみる価値はありますよ。
あの有名な元・代議士のハマコーが、首都と地元(千葉県出身)をつなぐために強引につくったとも噂される道路ですが、今はそんなことより「このトンネルに穴でもあいたらどうしよう」というドキドキ感が上回っているようです。終点まで行けばそこはもう千葉県・木更津市であります。
洲崎神社
『安房国一之宮』のわりには・・・。
館山自動車道に入り、洲崎(すのさき)神社を目指します。ここは房総半島の先端にある神社で、『安房国一之宮(あわこくいちのみや)』という、大変高い格付けをされている神社です。
住所は千葉県館山市洲崎1697です。創建は神武天皇の時代ということですから今から2600年以上前になり、素晴らしく歴史のある神社といえます。海の近くでありながら、所在地は「御手洗山」の中腹ということで、「山の上の神社」といった方が正しいかもしれません。
・・・それにしても、『一之宮』というにはあまりに寂しい神社ですね。さっきから人一人として見かけませんよ?
そしてこの石段の長いこと!comoも50を過ぎて、やたらヒザ・コシにくるようになりました。やっとのおもいで本殿の境内まで辿り着きます。
やあやあ、落ち着いて後ろを振り返ってみれば、眼下には真っ青な太平洋が広がっているではありませんか。これだけで大分報われる思いがします。
『御朱印』を集める全国神社めぐり
ところであなたは『御朱印(ごしゅいん)帳』というものをお持ちですか?神社やお寺を参詣した際にそこの神職、住職の方に朱印と寺社名、日付などを墨書してもらうための帳面で、「スタンプラリー」と違うのは、あくまで寺社の職員が押印し墨書するという点と、それにお金がかかる(300円〜500円程度の金額がハッキリと決められているところと、「お気持ちで」と言われるところがあります)という点で、どちらかといえば「御札」を集める感覚に近いのではないでしょうか。四国八十八箇所参り(お遍路さん)の御朱印帳などが特に有名かと思いますが、comoの場合はもちろん、『全国一之宮参り』の御朱印帳を持っています。この御朱印帳は、社務所に神職の方が常駐しているようなしっかりとした「一之宮」の神社であれば、そこで販売しているはずです。
やりはじめるとなかなか楽しいんですよね、これが(笑)。是非是非あなたも、挑戦してみてください。
・・・社務所がないぞ!?
あれ、この神社にはその『社務所』がありません。もちろん神職の方なんているはずもなく・・・これじゃあ御朱印がいただけません。
でもたしかに私の御朱印帳にはこの洲崎神社のページがあるのです。う〜ん。せっかくここまで来て、その記録が残せないのも何か口惜しい。というわけで、思いきって神社付近の民家で尋ねてみたところ、どうやらこの神社の御朱印は、氏子さん(付近に住む一般の住民)が交代で管理しているということらしいのです。「なるほど」と、すぐにそこで問題が解決したわけではありません。住民の曖昧な証言を元に一般家庭を何件も訪問し、やっとのことで当番のお宅を探し当てることができました。『ホッ・・・。』
そして朱印を押していただき、そこに神社名とその日の日付を一筆・・・と思ったら、なんとその氏子さん、ハニカミながら「お宅、自分で書いて」というのです。これにはcomoもタジタジ、「それじゃあ意味がないでしょう!」とツッコみましたが、とうとう最後まで書いてはもらえませんでした。ガッカリ(笑)。
今でも洲崎神社のページだけは、寂しく朱印のみが押されています。
陰で支える超有名神
さて、この神社のご祭神は天太玉命(あめのふとだまのみこと)の奥さんの、天比理刀当ス(あめのひりとめのみこと)という神様です。フトダマといえば日本神話に登場する有名な神様で、太陽神「アマテラス」が天岩戸(あまのいわと)に隠れて世界が真っ暗闇になってしまった時、そこからアマテラスを外へ連れ出すために一役を買った神様です。「力持ち」だとか「知恵者」というような突出した才能というものはなかったようですが、目立たないながらも重要な役割を荷って活躍した神様だということには違いありません。極端なことを言えば、この神様一人欠けたところで『天岩戸開き』は成功しなかったともいえるのです。
このフトダマの奥さんがこの神社のご祭神ヒリトメです。詳しい記述はありませんが、フトダマが選んだ奥様ですから、おそらくは中々の良妻賢母だったのではないでしょうか。
ご祭神/天比理刀当ス(あめのひりとめのみこと)
ではcomoとお参りしましょう。
「これが御前に降りませる天比理刀当ス様、日々のお守りありがとうございます。日本の国家・国民そしてこの安房の国をお守りください。天太玉命様を内助の功でお助けになり、陰にて大きな支えとなられましたことを心よりご尊敬申し上げます。
最近『男女平等』、『差別反対』などという言葉が間違った解釈で用いられてきているように思います。「違っていて当たり前」のはずのものをムリヤリ画一化する風潮は、人間を無気力に、そして世界を味気ないものにしてしまうでしょう。天太玉命様のように「己の役割」を自覚することの大切さ、美しさを見習うべきだと強く感じます。
それと同時に必要なのは、やはり「感謝」の気持ちです。このcomoもどうかすると、見えないところで支えてくれるものへの感謝を忘れがちです。これを機に反省し、己の縁のあるもの全てに感謝申し上げたいと思います。本日はお導き誠にありがとうございました」
眼下に太平洋を見ながら長い石段を降りて一礼し洲崎神社を後にします。
安房神社
阿波踊りの「あわ」なんです。
さあ次の目的地、安房(あわ)神社へ向かいましょう。洲崎神社からは20分もかかりません。住所は、館山市大神宮589 電話0470−28−0034です。
それにしても、この「安房」と書いて「あわ」と読む。ちょっと不思議な読み方だとは思いませんか?
実はこの地域を開拓した『天富命(あめのとみのみこと)』は、阿波踊りで有名な四国の『阿波の国(現在の徳島県)』を開拓したその人だったのです。それにあやかって字を当てたのか、真相は分かりませんが、とにかくこの「安房」と書いて「あわ」と読む不思議な名前の由来には、あの有名な「阿波」が関係しているということです。
ちなみにこの安房神社のご祭神は天太玉命(あめのふとだまのみこと)です。そして先程訪れた洲崎神社には、そのフトダマの奥さん天比理刀当ス(あめのひりとめのみこと)が祀られていましたよね。この2柱は、安房を開拓した天富命の祖父母にあたる神様です。つまり、新たなる土地を開拓して、そこに尊敬する祖父母の神を祀ったということでしょうか。
いずれにせよ、祀られている神様ひとつとっても、確かな歴史との繋がりがそこにあるわけで、こういったことが日本中を旅していると、そこかしこに見られるのです。私はその度に、小さな感動を覚えます。
何故?「2つの一之宮」の真実
ここ安房神社は『安房国一之宮(あわのくにいちのみや)』という大変高い格付けをされた神社です。「え?そんなわけはない」・・・賢明なあなたを混乱させてしまったのではないでしょうか?
実はこの「安房国」には、例外的に一之宮が2つあるのです。もともとはこの安房神社こそが『安房国一之宮』とされていたのですが、江戸時代の後期、幕府のお偉い様がこの地を訪れた際に、かつて室町幕府を開いたあの源頼朝(みなもとのよりとも)が洲崎神社に大変な信仰を持っていたということを知り、それに敬意を表わす形で洲崎神社も『一之宮』という社格が与えられたということです。・・・何でも理由があるんですね!
なかなか他では見かけない『真っ白な鳥居』が印象的な広々とした境内を、深呼吸して神霊の息吹を肌で感じながらゆっくりと歩いていきます。本殿には主祭神の天太玉命が祀られています。この神社の創始も、先の洲崎神社と同じく紀元前、神武天皇の時代ということです。
一般の認識として、古い歴史を持つ神社といえば、「出雲」や「九州地方」をまずは思い浮かべるのではないでしょうか。意外なことにこの千葉県には、神武天皇の時代、つまり「紀元前創建」という、由緒ある神社がたくさんあるようです。まさに出雲地方の神社などに見られる、「太古からの歴史を持つ神社」独特の雰囲気が、この安房神社にも漂っていますね。
「天岩戸隠れ」神話の正しい読み方
さて、この神社の主祭神フトダマも活躍をした『天岩戸隠れ』の神話。荒くれ者の弟・スサノオが神聖な機屋(はたや)を穢(けが)してしまったことが決定打となり、アマテラスはその身を岩戸に隠してしまいます。「神は穢れを最も嫌う」ということからも、これは納得できることでしょう。またこれは、ただ単に逃げ隠れてしまったわけではなく、アマテラス自身が弟の犯した過ちの『反省』をしている、という意味も含まれています(親・兄姉・上司など、つまり「上の立ち場」にある者が、部下・子供の失敗までをも反省する、というのが日本神道の発想です)
そしてこれは、我々現代の日本人「そのもの」と言えるのではないでしょうか。「神様なんていない」「自分さえ良ければいい」といった発想でやりたい放題やっている現代人から、おそらく「神様」は、どんどん離れていってしまっていることでしょう。
そうするとこの世はどうなってしまうのか。「光」がなくなった世界というのは、つまり「闇」ですよね。それは暗闇が大好きな泥棒や強姦魔などにとってみれば、大変都合の良い「天国」とも言えるわけです。要するにそれは、「悪」と「暴力」がまかりとおってしまう、「暗黒」の世界を意味します。
私は、そんな世界には絶対に住みたくありません。あなたも、これがどうにか出来るものなら、どうにかしたいとは思いませんか?
ご祭神/天太玉命(あめのふとだまのみこと)
ではcomoとお参りしましょう。
「これが御前に降りませる天太玉命様、日々のお守りありがとうございます。日本の国家国民そしてこの安房の国をお守りくださいませ。天岩戸開きでのご活躍、心よりお称えもうしあげます。そしてまた現在、目に見えざる世界への畏れを忘れた人間たちの、その目に余る非礼・無礼のために、穢(けが)れを嫌う神々がこの世にそのお姿を見せられなくなっていく様は、まさに天岩戸隠れの再現といえましょう。今こそまた、第二の天岩戸開きをおこない、この世界に再びあたたかな光が降り注ぎますよう、私comoを、そして全ての日本人をどうか、お導きくださいませ。
広く長い境内と参道を戻り、一礼をして安房神社をあとにします。
玉前神社
やっぱりここも神武天皇ゆかりの地
さて、安房神社から70キロほど海沿いの道を走り、玉前(たまさき)神社へ向かいます。住所は長生郡一宮町3048で、ここも『上総国一宮(かずさのくにいちのみや)』という社格の高い神社です。比較的小ぶりな黒塗りの社殿は、静岡県の秋葉神社などとはまさに対照的な渋い感じで、これまたとても、いい味を出しています。
この神社のご祭神には諸説あるようですが、玉依姫命(たまよりひめのみこと)と玉前神(たまさきのかみ)の2柱をお参りすれば非礼にはならないでしょう。この玉前神というのは、鵜萱葺不合命(うがやふきあえずのみこと)もしくは、神武(じんむ)天皇のことを指していると言われています。玉依姫命と鵜萱葺不合命は夫婦で、その2人の間に生まれた末子が若御毛沼命(わかみけぬのみこと・・・後の神武天皇)ということなので、いずれにしてもこの神社のご祭神というのは、皇室の始まりを告げるとても重要な位置付けにある神様ということができます。
神武天皇の掲げたマニフェスト
この日本初の天皇『神武天皇』の掲げた「日本建国の理想」をあなたはご存知ですか?・・・それは、
「歓びを積み、ひかりを重ね、正しき道を養う」
というものです。これはつまり、まず第一には『理屈を抜きにして国民が飢えることなく豊かに食べていける』ということ、第二には『ただ単に食べて生きるだけではなく、人間らしい精神文化を築いていける』ということ、そして第三として『正しい者が正しく評価される社会を築く』という意味が込められているのです。
このように、天皇が「国民を想う」という感覚を、我々日本人は「当たり前」のことのように感じています。ですが、実はこんな国というのは、日本以外にはどこを探しても見つからないのです。どの国も「王様」というのはイコール「一番の強者」のことであり、その「力」を保ち続けることだけが、その権威を守る唯一の方法ということになります。したがって、「国民を想う」なんて感覚には、到底結びつくはずがないのです。
私は、日本がいかに不思議で、そして魅力的な国かということを、少しでも多くの日本人に気付いていただきたいと思っています。残念ながら、ほとんどの日本人がこれに気付けないでいるからです。そしてその素晴らしい日本だけの魅力を、平気でどんどん殺してしまっているのが現在の我々日本人なのです。
ご祭神/玉前神・玉依姫命
ではcomoと一緒にお参りしましょう。
これが御前に降りませる玉前神様、玉依姫命様日々のお守りありがとうございます。日本の玉体(天皇)・国家・国民をお守り下さいませ。
神武天皇様の日本建国の理想は、国民が飢えず、精神文化にも優れ、そして、正しいものが正しいと評価される、というものだったとお聞きしております。まだまだ日本人は諸外国に比べれば、高度な精神性を維持できているかのようにも思いますが、ここ数十年の間にも日本人の「欧米化」はどんどん進み、このまま行くと日本のすばらしい伝統文化が滅びるのも時間の問題かと思われます。どうか、一刻も早く日本人が日本の本当の価値に気付き、それを世界へ模範として堂々と提示していくことができますよう、何卒お導きくださいませ」
最初の鳥居で再度一礼して玉前神社を後にします。
オススメの宿『広丞庵・かのか』
千葉県には良い宿が少ない!?
本日のお参りの予定は終了です。お疲れ様でした。オススメの宿なんですが・・・、この千葉県というところは、全国を旅してきたcomoからすると何か「物足りない」印象を受けるのです。太平洋に囲まれて、海の幸にも恵まれているはずなのですが、これは一体どういうことなのでしょう。たしかに平野が中心なので「温泉」は少ないということはあるかと思いますが・・・。
そんな中、ちゃんとcomoはオススメの宿を用意していますよ!その名も
『広丞庵(こうしょうあん)・かのか』
です。住所は大多喜町大多喜2215というところで、玉前神社からですと少し戻ることになってしまいますが、そのマイナスを考えても、ここは是非泊まっていただくだけの価値のある宿だと思いますよ。
ここはなんと、「一日三組限定」という、全室露天風呂付きの宿です。これはもう、必然的に一客一客を大切にせざるを得ませんよね(笑)。それは確かにその通りで、施設、風呂、料理、接客すべてに満足することができました。
どうぞごゆっくり旅の疲れを癒してください。(明日もまだ参拝が残っているということもお忘れなく!)
香取神宮
武道家の憧れ『香取・鹿島』
おはようございます。さっそく本日の予定の残り2社を目指して出発しましょう。
九十九里ビーチラインをただひたすらに走ります。延々と続く海岸には、山育ちで海大好きなcomoもさすがに「お腹いっぱい」といった感じになりました。ビーチラインの最終地点あたりで左折し、広大な関東平野をさらに進むと目的地の香取神宮が見えてきます。
この香取神宮と次の鹿島神宮とは、県境となる利根川(とねがわ)を挟んで、まるで一対のもののように置かれています。両社とも神武天皇の時代に創建されたとても由緒ある神社で、平安時代に「神宮」の称号を与えられていたのは、この鹿島・香取と、あの「伊勢神宮」の3社のみだったということからも、その重要性がうかがえます。
そしてこれらは両社ともに、武芸の神を祀る神社として全国的な信仰を集めているのです。道場などで「鹿島神宮」、「香取神宮」と書かれた掛け軸を目にするのはまさにその流れです。
ご祭神/経津主大神(ふつぬしのおおかみ)
さあ、やってきました。ここが全国400余りある香取神社の総本社で、「下総国(しもうさのくに)一之宮」でもある『香取神宮』です。
大鳥居から玉砂利の上を歩き、総門と楼門をくぐります。とにかく圧倒される広さと格式です。本殿は徳川時代に幕府により造営された「桃山様式」で、黒を基調にした外観は重厚で荘厳な感じがします。
この神社のご祭神は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)という神様です。『国譲り』の物語に登場する神様で、次々と交渉が失敗していく中で、まさに「最後の切り札」として派遣されたこの経津主大神とタケミカズチという2柱の武神が、圧倒的なパワーを見せつけて見事、国津神(くにつかみ)の説得に成功し、国譲りが行なわれた、と日本書紀にはあります。つまり、「胆力」と「腕力」を兼ね揃えた、まさに「軍神」というべき神様です。
ではcomoと参りましょう。
「これが御前に鎮まります経津主大神様、日々のお守りありがとうございます。どうか経津主大神様の智惠と力をもってこの日本、そして世界をお導きください。このcomoも及ばずながら日本の神々のお手伝いをさせていただく決意をしております。どうか手足として、私をご自由にお使い下さいませ」
鹿島神宮
常陸国一之宮『鹿島神宮』
さあ今度は利根川を渡り、茨城県に入って「常陸国一之宮(ひたちのくにいちのみや)」の『鹿島神宮』に向います。距離は短く、30分足らずで到着です。住所は茨城県鹿嶋市宮中2306−1です。ここは全国に600社ある鹿島神宮の総本社で、先程の香取神宮と並び、武道を志す日本中の武道家からの信仰を集めるとても大きくて立派な神社です。
鳥居をくぐり、思わず圧倒されてしまう大きな楼門を一礼して通ります。そこにはピーンと張り詰めた神域、まさに武芸大会の試合前のような緊張感があります。
『刃を血塗らずして言向(ことむ)け、
平定(やわ)す』とは。
この神社のご祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)といって、先の香取神宮でもご紹介したように、『国譲り』の神話で大活躍をした、まさに「軍神」です。
よく、「神武天皇は、その名前が示しているように、『武』力による制圧をしていたのだ」という批判をする学者がいますが、これは大きな間違いです。「武」という字をよ〜く見てください。そう、弋(ほこ)を止(とどめる)というのが本来の「武」の意味なのです。
「刃を血塗らずして言向(ことむ)け、平定(やわ)す」というのが日本では理想とされていたのです。普段から武芸の訓練を怠らず、いざ攻められた時には、相手以上の力を見せつけることで必要以上の戦闘を避け、平和的に解決することが一番だということを意味しています。
『国譲り』の
時のタケミカズチもまさにそうでしたよね。圧倒的な力を見せつけて相手を降伏させた後は、それ以上に相手を懲らしめたりはしないのです。
そしてこれは、現在の日本の国際関係にも当てはめることができます。戦後、日本人は「平和・平和」と言っていれば問題が解決するものと思い込んでいます。しかし世の中は、どこまでいっても所詮、「弱肉強食」であることに変わりはないのです。今は亡きわが師の言葉をお借りするなら、『力なき正義は無力』ということでありましょう。いくら正義・正論を叫ぼうとも、弱い国のままでは結局、滅ぼされてしまうのです。このある意味、ちいさな子供でも分かりそうなな理屈をなかなか理解出来ないのが「日本人」なのです。本当に「不思議」な人種ですよね。
ご祭神/武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)
ではcomoと祈りましょう。
「これが御前に降りませる武甕槌大神様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りくださいませ。敗戦後日本は極端な武力否定の観念的な平和主義に陥り、国際関係でもすぐに謝罪したり、相手国に媚びるような国になっております。どうか正しいことは正しいとハッキリ主張のできる国家になれますようお導きください。その為には普段から鍛え、訓練することが必要であると考えます。どうか日本と日本国民に武甕槌大神様の強い精神力・胆力をお与えください。
最後の鳥居で一礼をして今回の全てのお参りを終了します。お疲れ様でした!

