北海道神宮
大人気!寝台列車で行く北海道の旅。
さあ、いよいよ北海道の神参りの旅に出発です。comoは何度もこの地を訪れていますが、なんといっても北海道というところは、海産物が美味い!
北海道といえば、今は飛行機で行くのが一番手っ取り早いのかもしれませんが、それだとあまりに簡単に辿り着きすぎて物足りないという、そんなあなたに是非オススメなのが「寝台列車」を使って行く方法です。東京の上野駅などから毎日運行されています。夕方に出発して、もう次の日の朝には札幌駅に到着するので、無駄なく旅を楽しむことができるのです。車内には、レストランをはじめ、テレビも見られるサロンルームやシャワー室、個室まであって、とても快適です。中には予約がいつも一杯になる人気の車両もあるくらい、実はこの寝台車を使った旅が今、密かなブームとなっているのです。もちろんcomoは、毎回この方法で行ってますよ。
北海道のような北国では、春が遅く、冬は早く来ます。その辺りにも注意して旅を計画されるといいでしょう。それでは、終点の札幌駅まで
、しばし快適な夜汽車の旅をどうぞ。
北への防壁
さて、まずは札幌駅からすぐ近くのところにある北海道神宮に向かいましょう。ここは明治時代の初め、北海道の開拓と時を同じくして、開拓の神といわれる3柱を祀る神社として、明治天皇のご意思によって創建されました。それと同時にこの神社には、日本の「北の守り」という意味が込められています。はっきり言ってしまえば、「ロシアからの守り」です。いまでもロシアにある「ウラジオストック」という地名がありますが、実はこれは日本語に訳すと、「東方侵略」という意味になるのです。ウラジオストックから見て東にあるのはまさに北海道、そして日本です。当時のロシアにとって日本はまさに「ノドから手が出るほど」手に入れたい国だったのです。そういった海外からの侵略の危険に、明治時代の日本人はイチ早く気付き、頑としてそれに立ち向かっていきました。北海道神宮は、その象徴ともいうべき神社です。
「のほほん」とただ、平和の上にあぐらをかいている現代人に、その切実な想いが理解できるわけがありませんが、あの時代に我々の先人達が命懸けで戦っていなかったら、日本は絶対に、現在のような形では残らなかったでしょう。そう考えるとこの神社の持つ歴史的な意味や価値というのは、とても大きなものであることが分かるはずです。
仏教の素晴らしい教えを守り、
絶滅を待ちますか?
さて、仏教では「殺生は罪なことである」と説きます。「そんなの当たり前だろう」と思いますか?それはあくまでも、「仏教」の説く教えなのであって、世界的にみれば、全然「当たり前」なことではないのです。このことを、我々日本人はしっかり頭に置いておかなければなりません。たとえば、「唯一絶対の神」を信じている、いわゆる「唯一神教」の信者にとっては、絶対神のためであれば、殺人をしようが虐殺をしようが、一切それは「罪」ではないのですから。「話せば分かる」という素直な感覚を日本人は持っていますが、宗教の違い一つでこれほどまでにものの考え方は違うのです。「正義」とは、決して世界共通のものではないということです。
話を元に戻しましょう。そういうわけで、仏教の教えを堅く信じる者は、徹底して「非暴力」になるのです。現在では、チベット仏教などがまさにその典型といえるでしょう。お釈迦様の教えに対し、それを実に忠実に実践しているというわけです。
では、日本の場合はどうでしょう。もしも今、日本が侵略にあったら、おそらく殆んどの人が「家族を守るため、愛する人を守るためであれば、やむおえない」といって剣をとることでしょう。ご存知の通り日本というのは、「仏教」が異常なまでに浸透した国でもあります。ですから当然、「殺生することが罪である」ということも重々承知をしているはずなのです。ではなぜ日本人は、チベット仏教のように非暴力を徹底できないのか?
・・・それは、「仏教」をこれほどまでに評価して取り入れながらも、あくまで日本人のベースには、「神道」の発想があるからなのです。
神道の大きな特徴というのはなんといっても『先祖崇拝』です。先祖から自分に繋がる血の流れを大切にするということは、イコール、自分から未来へと血を絶やさずに繋いでいくことも、同じくらい大切なことになるわけです。ですから、たとえ殺生をして罪を背負ってでも、家族や国を守るためには、時には戦いも殺生も止むを得ないだろう、と考えるのが日本人なのですね。このあたりが非常にカッコイイなあとcomoは思うわけですが、いかがでしょうか。
ご祭神/大国魂神(おおくにたまのかみ)
大那牟遅神(おおなむちのかみ)
少彦名神(すくなひこなのかみ)
明治天皇
さあcomoと一緒に、北海道の開拓と日本の北の守りの要、北海道神宮へ参りましょう。
本殿正面にある第二鳥居をくぐり、長い参道を歩きます。やはりどこか雰囲気が明治神宮に似てるような気がします。左手に見える手水舎で身を清め、神門をくぐれば、そこが拝殿です。
では、comoとお参りしましょう。
「これが御前に降りませる大国魂神様、大那牟遅神、少彦名神、明治天皇様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守り下さい。厳しい極寒の北海道の開拓、そして北方の守りを心から感謝申し上げます。悲しいかな現実世界は、武力なくして他国の侵略を防ぐことはできません。どうかわが日本国に圧倒的な正義に基づく力をお与えください。」
北海道は日本としての歴史は浅いですが、その存在の価値はあまりに大きいな、とあらためて感じつつ神社をあとにしました。
義経神社
源義経(みなもとのよしつね)とは?
次なる目的地は、源義経を祀ったその名も「義経神社」です。義経マニアのcomoにとっては大変思い入れの深い神社です。北海道神宮から道央自動車道を利用し、車で3時間くらい走ったところの平取(びらとり)という町にあります。初めのうちはその広大な景色に、いちいち感動していたcomoですが、何時間も同じ景色が続くとさすがに飽きますね(笑)。おっと、見えてきましたよ、あれが義経神社です。
ここで源義経という人物について少しおさらいしておきましょう。
鎌倉幕府を開いた源頼朝(みなもとのよりとも)ならば、おそらくみなさんごぞんじですよね。義経は頼朝の母違いの弟にあたります。戦の天才ともいわれ、事実上平家を打ち破ったのは、この義経といっても何ら差し支えないでしょう。一の谷、屋島、壇ノ浦にて華々しい勝利を収めました。しかし頼朝は、今度はそんな義経を「脅威」と感じ始めたのでしょう。些細な誤解から、義経は「反逆者」として、頼朝の命を受けた追討の兵に追われることにになるのです。あれほど戦の才能があった義経ですが、兄・頼朝には一切刃を向けず、ただただ逃げ延びるという道を選びました。この時、家臣達は如何なる状況におかれても主君・義経のもとを離れずに、命懸けで義経を守ったといいます。家臣から大変慕われ、そして尊敬される人物でもあったのです。
そうやって平泉の高館(現在の岩手県)まで逃れていった義経ですが、とうとうそこへも頼朝の追っ手が迫り、最後には自害をして、その短い一生を終えるのでした。
アレ?・・・では、なんで義経を祀る神社がこの北海道にあるのでしょうか?
何故、ここに!?源義経をめぐるロマン
実は平泉で自害をしたのは義経の「影武者」(身代わり)で、義経はわずかな家臣と共に生き延びて、北海道、そしてユーラシア大陸へと渡った、という伝説があるのです。そしてその伝説は、なんとあのモンゴル帝国を築いた「チンギスハーン」こそが、大陸へ渡った義経その人なのだ、と続くわけです。たとえそれが誰かの作り話だとしても、なんと大胆な発想でしょう。それはつまり、「あの義経なら、それも有り得るのでは」と思う人が多くいるからこそ、伝説が成り立つわけで、それ自体が凄いことですよね。
もちろんcomoはその伝説を信じています。実際に調べてみると青森、北海道、そしてユーラシア大陸にも、明らかに伝説を裏付けるような言い伝えや物証が山ほどでてくるのです。この義経神社もその一つです。義経はアイヌ人から「ハンガンカムイ」と呼ばれ、親しまれていたといいます。ハンガンとは義経の官位である「判官」のこと、そしてカムイはアイヌ語で「神」を意味します。
義経一門の溜まりに溜まったエネルギーが大陸にて大噴火し、世界一の大帝国を形成したと考えるとcomoはその痛快さに心が躍ります。
これが事実かどうかは、いずれ判明していくことなのかもしれませんね。
ご祭神/源義経(みなもとのよしつね)
神社は平取の小さな町から山側に入った所にあり、山を開いた静かな場所で、落ち着いた趣きのところです。社殿の規模は小さいながらも、重厚で立派なつくりです。すぐ横に社務所があり、専従の神職さんもおられ、親切に説明もしていただけました。
とにかくcomoは、ここへくると何故かすごく落ち着ます。
ではcomoと一緒にお参りしましょう。
「これが御前に降りませる源義経公様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守り下さい。義経公様は天下を治める実力を持たれながら、兄頼朝公に忠誠を尽くし、国家の統一に尽くされた御功績、心よりお称えします。さらには北海道から大陸に渡り、チンギスハーンとして歴史上最大の帝国を短期間に築かれたと伝説にあります。力と智慧だけでなく、人格的魅力が平和な国家・世界をつくるのだということを改めて確信いたします。世界的な混乱を続ける現代にこそ、義経公様のようなお方のお導きが必要です。我ら一人一人もそのお手伝いをする所存でございます。何卒お力添えの程、よろしくお願いいたします」
もう一度義経公にお別れの挨拶をし、神社をあとにします。
この平取にcomoオススメのお蕎麦屋さんがあるのですが、なんとお店の名前を忘れてしまいました。すみません、でも、神社から国道へ出るまでは一本道で、その途中にあるところなので、まず迷うことなく見つけられると思います。こういう一軒ポツンとあるお店というのは、お店同士の競争がない分、サービスや味に問題があるケースが多い中、このお蕎麦屋さんの場合は、味にもサービスにも満足出来たので、印象に残っていたはずなのですが・・・。今度行った時は、ちゃんと名前を覚えてきますね^^。
阿寒湖
「日本一の宿」に泊まろう。
さあここから途中道央自動車道も利用しながら、ひたすらに阿寒湖に向けて走りに走ります。日がある内に到着したら、阿寒湖観光を楽しみましょう。お土産は今日本中で話題の「まりもっこり」を買いましょう。これであなたも人気者になれること間違いなし!comoもこれにあやかって「こももっこり」に改名しようかと考えているくらいです(笑)。
そして、今夜の温泉宿はcomoも2度泊まったことのある、おススメの宿『
あかん遊久の里鶴雅
』です。阿寒湖の自然と雄大な北海道の食と、きめ細かいサービスを堪能できるこの宿は、なんと過去に「日本一の旅館」に選ばれたことがあるほどなのです。
どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ。
摩周湖
霧の摩周湖に「神」を見た。
お目覚めは如何でしょうか?今日も正に大自然の中に神を体感できる旅に出発しましょう。まずは阿寒湖から数十キロのところにある「摩周湖」へ向かいます。
ここは昔から「霧の摩周湖」と言われているように、本当に霧が多く発生します。透明な湖水に霧がかかり、その霧が晴れてくると湖の真ん中にある小さな島が顔を出します。「神秘的」という言葉がピッタリな、この湖。そう「神秘」とは、まさに神様の存在をそこに感じるような現象のことをいうのです。ここにも神様がおられるとcomoは確信しています。
かつて西行法師が伊勢神宮を訪れた時に
「何ものの、おわしますかは知らねども、
かたじけなさに涙こぼるる」
とおっしゃいました。comoは、まさしくこの摩周湖にそれを感じます。是非あなたもこの湖を訪れてみてください。きっと何か不思議な感覚を体験できるはずです。
屈斜路湖(くっしゃろこ)
天然の温泉がある
そのまま、次は屈斜路湖に向かいましょう。ここには龍神伝説があり、龍神様がおられるといいます。天候や自然を意のままに操ることができるという龍神。あなたも湖に向かって手を合わせて目を閉じて、湖面を舞い踊る龍神を想像しながらお参りをしてみてください。
そして、この屈斜路湖の湖畔を走るとビックリ、湖の脇から温泉がボコボコと湧き出ているのです。見回しても辺りには人のいる気配もありません。広大な湖の中に湧く温泉入り放題です!「果てしない、大空と広い大地のこの中で・・・」松山千春の歌でも口ずさみながら、北海道の大自然を満喫しましょう。
大雪山(たいせつざん)
comoオススメの宿『層雲閣グランドホテル』
さあ、大雪山のふもと層雲峡に向かって走りましょう。そこに今晩のオススメの宿もあります。日のある内に到着できれば、近くの観光を楽しみましょう。
さあ、到着ですよ。ここがcomoオススメの宿『
層雲閣グランドホテル
』です。ここにもcomoは何度も泊まっています。『じゃらん』の評価はハイクラスではありませんが、お値打ち価格で、料理・サービス共に満足できますし、何と言ってもここは露天風呂が最高なのです。秋の紅葉と断崖絶壁の景色は息を呑むくらいの美しさですよ。また、夜の露天風呂から見る景色も幽玄な世界をかもし出していて、なかなかのものです。ごゆっくり、おくつろぎくださいませ。
大雪山にも神様がいます。
おはようございます。最後はこの大雪山にお参りしましょう。
旭岳ロープウェイで中腹までは行くことができます。ここも素晴らしい紅葉の名所として知られています。もちろん頂上まで行くのが一番なのですが、体力に自信のない方は、ここから頂上に向けてお参りしましょう。大雪山にも北海道神宮と同じ大国魂神(おおくにたまのかみ)が祀られていると聞いております。
「これが大雪山に降りませる大国魂神様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りください。事分けてこの北の大地をお守り下さい。この地の自然を見て神の存在を感じた人は数知れません。どうか今後もこの地をご加護下さい」
山小屋で買い物をし、ロープウェイの終着駅付近にあるラーメン屋で食事をして、大雪山の自然ともお別れです。
これで北海道の旅は全て終了です。如何でしたか?今までの神社の旅とは違い「大自然から神を感じる」、そんな旅だったと思います。時間に余裕のある人は、一週間くらいかけるともっと面白い旅ができることでしょう。なにはともあれ、お疲れ様でした。


