高館・義経堂
「神社参りのサイト」じゃねえのかよ!?
では、早速参りましょう。今回は神社よりもお堂やお寺のお参りが多いので、「これって神社参りのサイトじゃなかったの?」と疑問に思われる方もおられることでしょう。大丈夫、「これは仏教の施設」「あれは神道の施設」などと分けてみたところで、この「神参り」という感覚は、元を辿れば結局は「神道」の発想なのです。このあたりの認識を、今ここではっきりさせておきたいと思います。
まず、インドで誕生した本来の「仏教」というのは、あくまで「個人を悟りへ導くための教え」だということを頭に置いておいてください。つまり、どちらかといえば、「修行」や「勉強」の世界ということです。だから本来の仏教は、お墓がどうだとか、先祖・先人に祈りを捧げるなんてものではないのです。
一方、「神道」とは何かといえば、それはまさに「祖霊崇拝」の一言に尽きます。つまり生前にこの世で功績を残した偉人を「神様」として祀り、ご加護いただこうなどといって、お参りに行くその行為自体、もう「神道」以外のなんでもありません。
あなた自身、ここでよくよく振り返ってみてください。お寺にせよ、神社にせよ、そこへ行って何をしますか?おそらくあなたがそこでするのは、修行でもなければ、勉強でもありませんよね。きっと大半の人は「感謝」の気持ちを表明して、何か「祈りごと」をする程度のことでしょう?・・・これはもう、神道の専売特許といってもいい「祖霊崇拝」を実践しているに過ぎないのです。
また別の言い方をするならば、あくまで日本の仏教というのは、神道と渾然一体となった「神道化した仏教」ということもできます。
comoの主張・・・なんとなくでも分かっていただけましたか?
あの名句はここで読まれた!?
さあ、この高館・義経堂(ぎけいどう)は、comoの尊敬する源義経(みなもとのよしつね)が自害したところとされていて、中尊寺と共に日々多くの人が訪れています。あなたもきっとご存知の、
「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」
という松尾芭蕉の名句は、まさにここで読まれました。芭蕉も義経のファンだったのです。
事実上、平家を打ち破った最大の功労者であるはずの義経。しかし兄・源頼朝の誤解から、お尋ね者の逃亡者とされてしまいます。そんな義経をかくまったのが、東北の王者として君臨していた奥州藤原氏の3代目・秀衡です。秀衡は義経を大変可愛がっていました。しかし、その秀衡亡き後は、4代目・泰衡の裏切りにあい、再び追い詰められた義経は、そこで自害をしたと歴史は伝えます。まあcomoは、北海道編でもお話したように、ここで死んだのはあくまで義経の「影武者」で、本物はその後、青森から北海道、そしてユーラシア大陸に渡って・・・という説を固く信じていますがね。
ここにはもう10回近く訪れていますが、この高台からみる景色はまさに日本の原風景で、なんとも心安らぐ思いがします。
ご祭神/源義経(みなもとのよしつね)
本来ならばお経をあげるべきかとは思いますが、comoはお経を詳しく知りませんので、ここでも祝詞(のりと)を奏上させていただきます。ただし、「郷に入っては郷に従え」の精神も大切です。あなたも仏教関係の施設で神道式のお参りをする際には、しのび手(音を出さずに拍手の動作だけをする方法)でお参りするようにしましょう。拍手(かしわで)を打つことは、まさに神道の象徴なのです。お寺でそれをするというのは、きっと住職の方もいい気持ちはしないでしょうし、祀られている神様もびっくりしてしまいます。
ではcomoとお参りしましょう。
「これが御前に降りませる源義経公様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りくださいませ。義経公様が800年前に国家統一の為、歴史上最大の武功をおたてになりながら、最後は追われる身となられました。しかしそのご功績を心よりお称えし、尊敬申し上げます。それは一重に、天命に対する絶対的なご信念と家臣とのゆるぎない信頼関係にあるとcomoは考えております。世界が混乱する昨今、どうか義経公様の信念と智慧と慈悲で、このcomoをお導きください」
小さなお堂の中に源義経の武者姿が精密に再現されています。もう一度お堂の義経公に一礼して、高台から北上川と束稲山を見ながら下っていきます。
中尊寺
かつては東北には「大都市」があった。
さて、次に向かうのは中尊寺です。今ではなかなか想像が難しいのですが、かつて平安の頃、この東北の地には「京に次ぐ程」という大都市が築かれていました。それがこの中尊寺もある、現在の岩手県・平泉というところです。先程の義経堂でご紹介した芭蕉の句にも詠まれてたように、その大都市は戦で焼かれ、まるで幻であったかのように消滅してしまいました。中尊寺などは、当時のこの地がいかに栄えていたのかということをうかがい知ることができる、大変貴重な文化遺産なのです。
comoは四季を通して何度もここを訪れていますが、紅葉の時期も新緑の時期も、どちらにも捨てがたい魅力があります。境内にはいくつものお堂がありますが、なんといってもやっぱり「金色堂」(こんじきどう)は見ておきたいですよね。「金」という色が、全然イヤミに映らず、むしろ上品なものに感じられるというところにも不思議な魅力があります。
では、comoとお参りしましょう。ここも「しのび手」(音を出さない)で拍手し、祝詞を奏上します。
「これが御前に降りませる清衡様・基衡様・秀衡様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りくださいませ。この未開とも言われた東北の地に京の都にも劣らない都市を造られ、又、頼朝公の権威を恐れず、悲劇の義経公をこの地にかくまわれたその度量に心よりご尊敬申し上げます。現在の日本は、外交も内政も『長い者にはまかれろ』式の考え方が蔓延しております。どうか藤原三代様の信念と度量を我らにお導きください。」
あの「弁慶」が命を絶った場所
お次は「弁慶堂」でお参りましょう。いよいよ頼朝の追討の兵が押し寄せてきたという時に、主君・義経を守るため、敵軍の弓矢を全身に受けても倒れずに、立ったままの姿勢で死んでいったという弁慶の、あの壮絶で有名なシーンが、このお堂に再現されています。
では弁慶堂でおまいりしましょう。
「これが御前にお降りませる弁慶様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りくださいませ。弁慶様は義経公のお傍に常におられ、知力・胆力・腕力を駆使してその役割を果たされました。弁慶様の主君に対する忠誠心は、comoが師匠にお仕えするときの手本でありました。どうかこれからもcomoをお導きくださいませ」
源義経のファンという方は、北海道の義経神社、そしてこの平泉の地には、是非足をお運びください。
駒形神社
ご祭神/駒形大神
さて次の駒形神社へ向かいましょう。30分くらいで到着、山里の静かな中規模の神社です。ここは陸中一宮です。創建は不明ですが、奥宮が駒ケ岳山頂にあり、本社は奥州市内にあります。ご祭神は駒形大神と言われており、くわしくは不明ですが、一応現在は、天照大御神・天之常立神・国之狭槌尊・吾勝尊・置瀬尊・彦火火出見尊の六柱とされています。comoはこの様な場合、駒形大神のお名前でお参りします。では、参りましょう。
これが御前に降ります駒形大神様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りください。日本固有の文化を残すこの東北の地をお守りください。今もこの地の大自然には、神様を実感できる場所が多く残されております。物質文明に毒されたわれら現代人に、日本の原点に立ち帰る道をお示しください。そしてこの地をいつまでもお守り下さい」
もう一度鳥居で一礼して、駒形神社を後にします。
田沢湖
comoオススメの宿『花心亭しらはま』
さあ東北自動車道に入り、盛岡で降りて、田沢湖のほとりにあるcomoオススメの温泉宿、『
花心亭しらはま
』へ向かいましょう。
ここは『じゃらん』でも「ハイクラス」に認定されている、とても落ち着いたすばらしい温泉旅館です。
みちのくの秋田・田沢湖の旅情をどうぞ、ごゆっくりお楽しみ下さい。
御座石神社
辰子姫伝説を検証する
お目覚めはいかがでしょうか。今回の旅、最後の目的地は、「辰子姫伝説」で知られる田沢湖の御座石神社です。辰子という大変美しい娘が、その美貌を永遠のものとするために願掛けをして、神様のお告げに従って湖の水を飲んだところ、美貌を保つどころか、その体はみるみるうちに「龍」になってしまい、田沢湖に住み続けることになる、そんなお話でした。
実際のところは、「ほとりに暮らしていたある美しい娘が、湖にすむ龍神のことを心から想い、そのお世話を一生懸命続けているうちに、ついには龍神と心が通じて「一心同体」になり、そのまま今もこの湖を守り続けている」というのが本当のところのようです。どうしても、こういった類のお話は、人から人へ語り継がれていくうちに、面白おかしく脚色されていってしまうみたいですね。
そして、霊感のある人が見たところによると、この湖では、辰子姫様の名前を呼べば辰子姫様が、龍神様の名前を呼べば龍神様が、現れるそうです。尊い霊になればなるほど、その姿を自由自在に変えられるということです。comoは霊を見ることはできませんが、イメージだけは鮮明に浮かび上がってきます。
なんといっても「日本一深い湖」ですからね。眺めているだけで、その青く澄んだ湖面から、今にも何か現れてきそうです。
では、御座石神社、そして田沢湖へ祈りましょう。
「これが田沢湖にお降りませる龍神様、辰子姫様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りくださいませ。この美しい秋田と田沢湖をお守り下さい。これからも自然界・生命界を司り、我らにエネルギーを与えてください。辰子姫様の、龍神様(生命界)へ直入したいという純粋で真っ直ぐなお心を心より尊敬申し上げます」
comoの住む岐阜県にも、龍神の側室になった「夜叉姫(やしゃがひめ)伝説」があります。日本各地で言い伝えられる「龍神」の伝説。それだけにスポットをあてて追究してみても、面白いものになりそうですよね。
岩手県・秋田県の神参りの旅はこれにて終了です。今回も長旅、お疲れ様でした。


