鶴岡八幡宮
イザ、鎌倉!!!
では鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)から参りましょう。ここは相模国(さがみのくに)の一之宮神社とされていますが、それ以上に、あの鎌倉幕府の中枢としての機能をしていた場所として有名です。源頼朝が幕府を開いた時、源氏が先祖代々信仰してきた「八幡神」を祀る神社として、鎌倉市の現在の位置に「鶴岡八幡宮」として造営しました。頼朝が拠点としたところでもあります。それだけに大変立派で素晴らしい神社ではあるのですが、comoには少々不満もあるのです。
実はcomoは大の義経ファン・・・もとい、源義経公を大変に尊敬しているのです。平家追討の最大の功労者ともいわれた義経を兄・頼朝は
「義経に反逆の心あり」と勝手に思い込み、義経一門を滅ぼそうとします。あまりにひどい話だと思いません?
ここにまた、数々の「悲運の将・義経と、それを慕う一門及び女性たちの物語」があるのですが、語り始めると長くなって大変なので(笑)、それは又の機会にしたいと思います。
comoだけの話・『八幡神社』の真実!?
八幡神社とは、大分県にある「宇佐八幡宮」を総本社として、日本全国に1万〜2万社もの分社をもつ神社です。それだけにこの「八幡」という言葉は、あなたもおそらく身近なところで耳にしてきたことでしょう。これほどにまで日本各地に拡がり、そして源氏からも篤く信仰されたというこの「八幡神」とは、一体どんな神様なのでしょうか。
全国の八幡神社には主祭神として「応神天皇」が祀られています。そのため、『八幡様=応神天皇』という認識が一般には強くあるようです。これをcomoの場合、神話『アマテラスとスサノオの誓約(うけい)』によって生まれた五男三女神こそが八幡様の正体である、という説を信じています。「5男+3女=8柱」だから『八幡』というわけです(「なるほど!」でしょ?)。そうなると、同じく八幡神社に『比売神(ひめがみ)』、つまり「宗像三神」が、必ず一緒に祀られていることにも、「なるほど!」と頷けますよね(宗像三神とはその3女神のことを指します)。
「ちょっと待て、じゃあ肝心の『応神天皇』はどう説明するんだ!?」
まあ、焦らず聞いてください。応神天皇とは八幡様、つまり五男三女の神様の願い(天の声)を受けて、忠実に国づくりをした天皇だったということです。ですから「応神天皇の意志」がそのまま「八幡様の意志」と考えるならば、一般の認識する『八幡様=応神天皇』という考え方も、別に問題ではありません。そして、勘の鋭い方はきっとお気付きでしょう。だから、名前が「応神」・・・つまり「神」の願いに「応」じた天皇、というんですね。
ちなみに、もう1柱のご祭神「神功皇后」は応神天皇のお母様にあたります。
ご祭神/
応神天皇(おうじんてんのう)・
比売神(ひめがみ)・
神功皇后(じんぐうこうごう)
鎌倉駅から山手の方へ行くと、1キロメートルくらいの間に一の鳥居、赤い二の鳥居・三の鳥居があり、広大な境内があらわれます。さすがに鎌倉幕府の威光恐るべし、であります。源平池を越えたところに「舞い殿」があります。そして此処こそあの、絶世の美女、舞の天才などともいわれた義経の恋人の静が、頼朝に捕らえられ、白拍子の舞を命じられる、あの名場面の舞台です。
有名な話なのできっとご存知ですよね。ここで静は、義経を慕う歌を堂々と詠いました。「憤怒する頼朝、静の運命や如何に・・・」そんなドラマを思い浮かべながら本殿の前に立ちます。
それではイザ、鎌倉!・・・comoとお参りしましょう。
「これが御前にお降りませる八幡様、応神天皇様、比賣大神様、神功皇后様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りください。日本が世界に誇る武士道精神がこの鎌倉の地で完成したと聞いており、心より感謝申し上げます。どうかこの武士道精神を復活させ、金力・権力・暴力がはびこる世の中を変革することができますようお導きください」
「武士は食わねど高楊枝」のごとく、誇り高く生きて行こうと決意して、鎌倉を後にしました。
江島神社
「サザン」の匂いがする。
さあ、次の目的地はあの「江ノ島」にある、その名も「江ノ島神社」です。鎌倉市と茅ヶ崎市のちょうど中間あたりにあります。「島」とはいっても現在は「陸続き」になっており、橋も架けられているので、簡単に行き来することが出来ます。まるでアメリカの西海岸(行ったことないけど)のような湘南海岸から、「江の島大橋」を渡って島に上陸しましょう。江ノ島神社は、広島県にあるあの「厳島神社」や、滋賀県の琵琶湖にある「都久夫須麻(ちくぶしま)神社」とともに、『日本の三大弁財天』といわれています。もちろんcomoは3社とも行ったことがあるのですが、そのどれもが水辺の素晴らしいロケーションのところにあって、まさにご祭神の女神様の美しさを彷彿とさせます。
『弁財天』って何ですか?
日本には明治時代になるまでの1000年以上の間、仏教と神道の神様を一緒にして祀る「神仏習合」という考え方をしていました。弁才天というのは、神仏習合時代に神道の『市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)』という女神と「同一の神様」であると言われていた仏教の神様です。海や水の神として、又、その名に「財」とつくことからも、財宝を招く神様としても信仰を集めてきました。
それが明治の「神仏分離政策」で、神道と仏教の神様を明確に区別することと定められたのです。この江ノ島神社の場合、その時から市杵島姫命を含む「宗像三神」という神道の女神様3柱を祀る神社となりました。
おや、お気付きですね?・・・そうです!先程の鶴岡八幡宮でもご紹介した『アマテラスとスサノオの誓約(うけい)』によって誕生した「五男三女神」のうちの女神様三柱で、まさに「美人三姉妹」の神様です。
ご祭神/多紀理比賣命(たきりひめのみこと)・
市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)・
田寸津比賣命(たきつひめのみこと)
さあ、ここは江ノ島をぐるりと一周しながらのお参りになります。途中にお土産屋さんや食事処がいっぱいあって本当に楽しく、そしてありがたいお参りです。2〜3時間なら、あっという間に過ぎてしまいます(ただし階段を登ったり降りたりが、かなりハードな路程ですので、足腰の弱い方は注意が必要です)
神社は次の順番でまわると良いでしょう。三女神様だけではなく、途中にある「児玉神社」「竜宮」などにも参られることをcomoは絶対オススメしています。
1.辺津宮(へつのみや)・・・田寸津比売命を祀る。
2.児玉神社(こだまじんじゃ)・・・日露戦争で大活躍した参謀長「児玉源太郎(こだまげんたろう)」を祀る神社。
3.中津宮(なかつのみや)・・・市杵島比売命を祀る。
4.奧津宮(おくつみや)・・・多紀理比売命を祀る。
5.竜宮(りゅうぐう)・・・自然現象を操る存在「竜神(りゅうじん)」を祀る。
では、comoとお参りしましょう。
「これが御前に降りませる三女神様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守り下さい。日本の女性の手本として、今後も日本の女性をお導きください。
comoは少しでも日本の役に立つ男になります。その為にも、comoの商売がうまくいきますよう、何卒お導きくださいませ。」
たかだか数時間では、この島の魅力は半分も味わうことはできません。後ろ髪を引かれる思いで、江ノ島に別れをつげます。
寒川神社
立派な一之宮神社にしては珍しいですね。
美しい江ノ島を後に、お次の「寒川神社」へ向かいましょう。ここは相模国の一之宮神社で・・・って、アレ?先の鶴岡八幡宮も確か「相模国一之宮」だったはず。・・・ま、いっか(笑)。この「いい加減さ」も神道ならではの魅力としておきましょう。これが「一神教」の場合だと、戦争にまで発展してしまうのですから。ともあれこの寒川神社も、鶴岡八幡宮に負けず劣らずの規模のとても立派な神社です。
そしてびっくりするのが、この神社のご祭神です。現在は寒川比古命(さむかわひこのみこと)と寒川比女命(さむかわひめのみこと)というこの地の開拓者と思われる夫婦神が祀られているのですが、過去の歴史を見てみると、この神社のご祭神には諸説あって、実際のところは謎も多いようです。comoは日本中の神社参りをしてきましたが、これほど立派なしかも一之宮神社で、ご祭神の由緒がはっきり分かっていないというのはとても珍しいケースのように思います。もしこのあたりに詳しいという方がみえたら、是非教えていただきたいです。
ご祭神/寒川比古命(さむかわひこのみこと)・
寒川比女命(さむかわひめのみこと)
一の鳥居、二の鳥居を越え、三の鳥居をくぐると境内に入ります。境内全体がおおきな森のような感じです。手水舎で身を清め、神門をくぐって本殿にはいります。さあ、comoとお参りしましょう。
「これが御前に降りませる寒川比古命様、寒川比売命様、日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守り下さい。この相模の地を開拓された御功績、心よりお称え申し上げます。この地で完成された武士道精神は、日本のみならず世界の宝でございます。ともすると私comoも、日々の生活が「お金中心」になってしまうことがあります。いつでも心に武士道精神を持ち、誇り得る人生を送れますようどうかお導きください」
一礼して、広大で美しい寒川神社を後にします。
オススメのお宿
『別亭・花ゆら』
さあ本日の参拝は終了です。comoオススメの宿は箱根山、芦ノ湖・富士山の絶景とお湯よし・料理よし・接客よし・施設よしの
『芦の湖園 旅亭・別亭花ゆら』
です。伝統ある箱根の洗練された温泉宿をお楽しみください。
箱根神社
箱根・・・行ったことありますか?
お目覚めはいかがでしょうか。目の前の美しい芦ノ湖、そして霊峰富士を拝むことは出来ましたか?
箱根は関所もあるくらい歴史的な要所であります。だからといって日本中にある「さびれきって古びた温泉街」のようなところではありません。おしゃれなお店やレストランも多くあり、comoもいつかは2、3日ゆっくり滞在してみたいなと思いつつ、もう10回以上は訪れていながら、結局毎回一泊旅行になってしまいます。
目的地の箱根神社は宿のすぐ近くにあります。箱根山の中腹にあり、かなり長い石段を登ります。ここも鎌倉幕府の崇敬と保護を受け、源氏の武家を中心に多くの信仰を集めていました。
さてあなたは、神社にもそれぞれの時代ごとの「流行」があるということをご存知ですか?例えば、徳川幕府の保護を受けた武蔵国あたりの神社というのは、日光東照宮などがまさにその典型かと思いますが、260年の長きに渡る平和と、幕府の財力と権威を象徴するかのように、非常に贅沢で美術的とでもいいましょうか、とにかく「飾り一つにまで」手が込んでいるという印象をうけます。それに対して、源平の争いなどによって激しい戦が続いていた鎌倉期との縁の深い神社というのは、山や海(湖)に挟まれた大自然の中に置かれ、「要塞」や「砦」としての機能を兼ね揃えているかのような神社が多いようです。あの平家の大将・平清盛も、海と山にはさまれた福原(現在の神戸)を平家の拠点とすべく、一時京都から遷都していましたよね。現在では考えられないでしょうが、当時は「政治」と「宗教」というものが、非常に密接な関係にあったのです。つまり神社、仏閣などからも、その当時の時代背景などを読み取ることが出来るということです。
ご祭神/瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)・
木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)・
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)
ご祭神は瓊瓊杵尊・木花咲耶姫命・彦火火出見尊という、ご存知日本神話の「主役中の主役」といってもいい3柱の神様です。
「天孫降臨」のニニギ、その妻であり「桜の花の化身」と称えられるコノハナサクヤヒメ、そして結婚後あまりに早い妻の妊娠に対し、「他の男と浮気でもしてできた子ではないか」と疑うニニギに対して「身の潔白」を証明するため、「あなたの子であればきっと無事に生まれてくることでしょう」と言って、火を放った産屋に閉じ篭り、燃えさかる炎の中で無事生まれきた3人の男の子の、そのうちの一人が「ホホデミノミコト」です。
そのような神様が、一体どういった経緯でこの箱根の地に祀られることとなったのかは分かりません。「ロイヤルファミリーの別荘地みたいな感じだなあ」などとイメージを膨らませてcomoは楽しんでいます。
ではcomoと一緒のお参りしましょう。
「これが御前に降りませる瓊瓊杵尊様、彦火火出見尊様、木花咲耶姫命様日々のお守りありがとうございます。日本の玉体・国家・国民をお守りください。世界の歴史からみても日本の国が独特の一民族・一文明を継続できた理由が天皇家の継続にあったことは、誠に感謝すべきことで、あらためて御礼申し上げます。どうかこれからも日本の文化が守られ、それが世界に貢献できますようにお導きください」
境内で一礼し、長い石段を降ります。下まで降り、道路を横切るとそこは芦ノ湖です。湖面に朱色の鳥居が美しく映え、それはあの厳島神社を彷彿とさせます。この湖には、竜神がおられると聞いております。湖面に向かって手を合わせ、竜神様のご加護を祈りました。
これで今回の参拝予定を、無事全て終了しました。神奈川県の神社参りと温泉の旅いかがでしたか?ご意見・ご質問などぜひお聞かせくださいね。長旅お疲れ様でした!


