高知県の神社

愛媛県の神社

〜「竜馬」に会いに桂浜へGo!〜

こんにちは!今回は四国の神社めぐり後半ということで、高知県・愛媛県を取り上げます。高知といえば、あの坂本竜馬を育んだ『桂浜』へは是非行っておきたいですね。そして一方の愛媛県には、登山好きなら知らない人はいないでしょう、霊峰『石鎚山』があります。・・・もちろんメインは神社参拝ですよ!?今回も素晴らしい旅になりそうです。

高知県・愛媛県の超重要神社

土佐神社

土佐国の『一之宮』。ご祭神は『味鋤高彦根神(アジスキタカヒコネ)』と『一言主(ヒトコトヌシ)』という2柱での神様です。

大山祗神社

こちらは伊予国の『一之宮』。四国本土ではなく、本州との間の「島」にある神社です。由緒、社格ともに「四国一」といわれるだけあって、さすがに素晴らしい神社です。

土佐神社

まずはここ、土佐神社にやってきました。高知空港からもJRの高知駅からでも車で一時間かからないところにあります。
イザ、参りましょう!

神門では、必ず一礼を。

まずは正面に立派な楼門があるので、ここで一礼しますね。え、何故って?・・・以前、参拝作法をご紹介した時に『鳥居』についてはお話しましたが、やはり理由はそれと同じです。鳥居や神門というのは我々人間の家でいうところの『玄関』そのものですからね。断りもなく他所様の家に入る人なんて、どこにもいやしません。ましてや相手は『神様』(!)なのです。
(『神様』は目に見えません。半信半疑になるのは仕方がありませんが、どうせ行くのであれば、神様は「いる」ものとして仮定してしまいましょう。まあcomoにいわせれば、まず十中八九「いる」のですけどね)。

ご祭神/味鋤高彦根神・一言主神

手水社で身を清め、鳥居で再び礼をしてくぐり、社務所で神社の由緒書をいただき、ご祭神を確認します。それによりますとここのご祭神は2柱あって、まず『味鋤高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)』という、これは『国譲りの物語』に登場する神様です。友人の天若彦(アメワカヒコ)が亡くなったということを知り葬儀へ訪れたアジスキ。天若彦の家族はアジスキを見るなり、その姿があまりにも亡くなった天若彦に似ていたため、「天若彦が生き返った!」という勘違いをして、思わずアジスキに抱きついて喜ぶのですが、死者と見間違われたことにアジスキは異常なまでに激怒し(神道では「死」を『けがれ』を考え、忌み嫌うのです)、『大葉刈(おおはがり)』という剱でその葬儀場を叩き切った挙句、遠く美濃の国までそれを放り投げてしまいました。
そんな豪快な神様と共に祀られている、もう1柱の神様は『一言主神(ひとことぬしのかみ)』といって、その名の通り「一言でどんな物事も解決する神様」などと伝えられていますが、説明が少ないこともあり、謎の多い神様でもあるようです。

優柔不断なcomoに神の叡智を!

そんなご祭神2柱に、comoはさっそく「共通点」を見つけ出しました。それを念頭に置いて、祈ります。
「これが土佐神社に祀られておられるアジスキタカヒコネの大神様、ヒトコトヌシの大神様、これが御前にお降りませえ。」
「・・・日々のお守り感謝申し上げます。日本の国家国民をご加護下さい。私comoですが、非常に優柔不断な性格で、つい誰にもいい顔をしてしまいます。長所でもあるとは思いますが、やはり「NO」と言うべき時にはハッキリとそれが言えるようお導きください。時にまわりから嫌われても、正しいことを貫く勇気を与えてください」

・・・や、これは手応えアリですね。comoは勝手に満足して(笑)、神社を後にします。

桂浜(かつらはま)

竜馬には絶対にここで会える。

勇気100倍で土佐神社を後にしました。ではこのまま、坂本竜馬像の立つ桂浜へでも行っちゃいましょうか。え?・・・「神社参りを真面目にすすめろ」、ですって?
いやですねえ、あなたには神道というものの本質を、まだ御理解いただけていないようです。思い出してみてください。本来神様は「ありとあらゆるところ」にいるのですよ。そんな中でも「竜馬」といえば、日本を危機から救った超一級の人物なので、何としてもこの方へはご挨拶をしておきたいのです。
まあしかし、神様には「形」がありませんから、人間が対話をする際には「ひもろぎ」と呼ばれる依り代(よりしろ)が必要になることも確かです。榊(さかき)という常緑樹などは、まさに代表的な依り代です。そう考えると、この「竜馬像」なんか、とても立派な「ひもろぎ」に見えてきませんか?だってこれまでに何万人という人間がこの像を訪れ、ここで竜馬に対して感謝や憧憬の念を送り続けてきたわけです。竜馬にとっても、これほどに降りやすい「ひもろぎ」はありませんよ、きっと。

竜馬像に祈る。

というわけで、神社から数十分かけて桂浜にやってきました。ここは太平洋の荒波が打ち寄せるとても「豪快」な海です。山育ちのcomo、初めは「海」というだけで興奮していましたが、全国各地を回っているうち、それぞれの海にハッキリとした「表情の違い」があることに気が付きました。
竜馬が師と仰いだあの大人物『勝海舟』は、「明治維新は全部竜馬がやったんだよ」と言いました。もし、明治維新による富国強兵がなければ、おそらく今ごろ日本は欧米列強の植民地なんかにされてしまっていたことでしょう。この浜には、そんな大物を育んだことにもうなずけるだけの力強さがみなぎっています。浜にある竜馬の像が、太平洋・・・いや、宇宙を見つめているようにも見えますね。
comoは竜馬の像に祈ります。
「日本の危機を救い、世界史上まれにみる明治維新という無血革命をなしとげた竜馬先生、ありがとうございます。時は流れて今、世界には欧米的な個人主義が蔓延し、人間本位な環境破壊がますます深刻になっています。日本人も戦争に負けてからというもの、すっかりそれに支配され、大切なことを忘れかけてしまっています。この危機から脱出するには、「日本は一つ、世界は一つ、地球は一つ」という発想を持つ、竜馬先生のお知恵が再び必要です。どうか日本のみならず世界の指導者に、先生のインスピレーションをお与え下さい。comoの個人的な願いは控えます。何卒、よろしくお願いします。」
帰り道、近くにある坂本竜馬記念館に立ち寄りました。改めて、先人の知恵と勇気と愛国の情の深さに気付かされます。ここでもまた、小さな勇気をいただけました。

ここで一息ランチタイム

カツオのたたきに皿鉢(さわち)料理!

高知といえば、これで決まりでしょう!車で走っていれば、探さなくても海鮮料理のお店を見つけられます。なにしろ本場ですから、よっぽどのことでも無い限り、まあどこのお店へはいっても美味しいのではないでしょうか。私の場合、とにかく失敗したくないという時には、タクシーの運転手に聞きます。これは一番手っ取り早く正確な情報を得る手段だと思います。
次の神社へは、県をまたぐ、ちょっとした長旅になります。ここでしっかりエネルギーを蓄えておきましょう。

大山祇(おおやまつみ)神社

『四国一の神社』は小島に隠れている!?

さて、高知自動車道と松山自動車道、そして今治(いまばり)小松自動車道を乗り継ぎ、一時間半ほどで瀬戸内しまなみ海道に入ります。ここは、四国と本州を繋ぐ道で、いくつもの島をぽんぽん橋で渡っていく形になっています。そして渡る途中の島の一つ、つまり四国と本州の間の「島」に、次の目的地『大山祇神社』があります。なんといってもここは、四国で最も格式が高く伝統のある神社ということなので、期待も自然と高まります。桂浜へ打ちつけていたあの荒波からは一転、内海の穏やかな海にいくつもの小島が浮かび、感動的な景色が続きます。島と島を結ぶ巨大な橋を渡り、大三島(おおみしま)にある伊予国一之宮の大山祗神社に到着しました。

『訳ないところに神社は建たぬ』

ここは全国の『大山祗神社』『三島神社』の総本社としても有名です。この神社は神武天皇の時代に創建されたということなので、なんと2600年以上前からあることになります。四国にはお遍路さんという立派なものがあるためか、「神社」というと、あまり特筆すべきところがないように思うのですが、ここはさすがに「四国一の格式」とうたわれるだけのことはありますね。社殿はもちろんのこと、神社そのものの規模が、他とは一線を画していますし、朱色の社殿もとても美しいです。
一体どういった経緯で、このような立派な神社がこの小さな島に建てられることになったのでしょうか。理由は必ずあるはずなのです。これはとても興味深いですね。

comoの喝!!!(必読!)

あなたは学校で、日本の歴史をどのように教わりましたか?おそらく、『弥生時代』以降にあらゆる文化が大陸から渡ってきて、日本人はそこで初めて、文字などの文明を手にした、それより以前の日本というのは、『縄文人』という人達が、それこそ原始的・動物的な生活を営んでいた、というような内容ですよね。私も学生の時は、「ふ〜ん、そうなのか」という程度で、特には何の疑問も持ちませんでした。しかし、それからcomoは神道に出会い、様々なことを学び、また、全国の神社を回り続けるうち、それまでの自分がいかに安直な歴史認識をして来たか、ということを思い知るようになったのです。
よく考えてみてください。『神社』『天皇』『神道』というものは、中国にも韓国にも、どこを見渡しても、絶〜っ対!ありません。
実に『個性的』で『不思議』な、日本固有のシステムなのです(アジアどころか、世界中のどこにもないくらいですよ)。
そこで仮に今の歴史教科書の言い分を立て、日本という国が大陸文化をコピーすることで成り立ったものだとしましょう。さあ、これら日本独特の考え方は、一体どこから生まれたのですか?説明してください!
・・・comoはこのことに気付いた時、とにかくお腹の底から、自信とか勇気とか喜びが一気に込み上げてきました。そして、この気持ちをあなたと共有することが、実は、このWEBサイトの大きな目的でもあるのです。

ご祭神/大山祗神

ここのご祭神は大山祗神(おおやまつみのかみ)といいます。また、この主祭神の他にも多くの神々が小さな社殿に祀られていますが、基本的には主祭神にお参りをすれば『非礼』にはなりません(もちろん時間があるのなら、それぞれの神様にもお祈りするに越したことはありませんが)。
comoの場合はいつも、主祭神以外は軽く一礼することにしています。

日本中の山々を治める神

大山祗神といえば、海の神と呼ばれる『大綿津見(おおわたつみ)』に対して、この神様は「山の神」と言われています。いってみれば日本中の山という山の神様の大ボス的な存在であります。また、富士山に祀られている美人の誉れ高い神様、『コノハナサクヤヒメ』の父親でもあります。このヒメが、後に天孫降臨で名高い『二ニギノミコト』と結婚することになったことから、大山祗は「天孫一族の外縁」という名誉を手にすることにもなりました。
ではcomoと一緒に参りましょう。
「これが御前に鎮まります大山祗大神様、日々のお守りありがとうございます。日本の国家国民を何卒ご加護下さい。日本は国土のほとんどが山であり、無限の恵みをいただいてます。これからも日本の国土、そして山々をお守りください。comoのお願いでございますが、私は今、富士登山を計画しております。無事登頂・下山が出来ますよう、どうかお守りください。」

道後温泉にGo!!

聖徳太子が訪れた『湯屋』

これで本日の参拝はすべて終了です。本日のお宿、これはUターンになってしまい大変申し訳ないのですが、愛媛県松山市からほど近いところにある『道後温泉』が絶対オススメです。なんといってもここは「日本最古」の温泉と言われ、『聖徳太子』が訪れたというほどだから、さあ大変。とんでもない歴史と由緒を持つ温泉なのです。ちなみにcomoイチオシの厳選旅館はあの夏目漱石が泊まったことでも有名な 『ふなや』 です。間違いの無い宿選びをして、より充実した旅の思い出をつくっていただければと思います。
本日も長旅、お疲れ様でした。

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2008年1月1日更新